墓場の裏から視ていた

孤島に屍骸、それの横に落ちていた日記。株の事とかを記録してある。

何年も前に読み終えていた本を再度読み直しての感想③

 近年のニュース報道では些細な事件であっても何であっても、容疑者段階の人物像を氏名・年齢・職業と併せて映すことに徹底するようになった。
『警察行為は公開を徹底しなければ人権侵害に繋がる。権力の行使は市民の監視の下に公開されていなければ、秘密裏に連れて行かれたり嘘の事件をでっち上げたりされても見抜くことができない。その方が危険だ』
とは、人権的観点からの抵抗に対し、何年か前のあるシンパ系人気ニュース解説者の言っていた趣旨だ。当時はまだテレビの前、なるほど・・・それもそうだと納得したからよく覚えている。
 しかし現役の警察官が各地で定期的に犯す行為などでは、〇〇県警の巡査・巡査長が~という情報までしか報道されない。申し合わせでもあるのだろうか。例えば振り込め詐欺の引き受け役に制服で加担した警察官がいた件はきちんと報道されていた記憶があるが、逆に言えばそれくらいの大事にならないと、割とはっきりとした法令違反でも氏名などは伏せられたままで、どうやら偉い立場らしい人からの「今後指導を徹底してまいります」という気にも留めないコメントで〆るのみだ。これは昔からずっと変わらない。
 べつに自分は警察官の不祥事でも顔も氏名もしっかりと公開しろという意見があるわけではない。むしろ逆。過剰な処罰感情は社会の不利益だという見方だ。少し前、神社でプーチンの藁人形を打ち付けていた人物が逮捕されたという件があった。器物損壊の処罰を受けるのはよいが、70年以上生きてきた晩年に、あの紺色の雨ガッパみたいなものを着せられた現代の腰縄移送の姿までいちいち晒してやるなよと気が滅入った。
 組織にごく少数だけ混じってしまう不良人員の逐一や日々の市中の出来心などに対し、殊更大きく焦点を合わせて報道する意義はあるのか。却って世の中に相互監視の不安感を蔓延らせる。求めたいのは整合性で、これが歪んでいることが問題。恣意的なら「悪いこと」だと思う。


 それでは、幼い子も合わせて一家4人が大晦日、自宅内で凄惨に殺害されていた事件はどうだろうか。若い人でなければ大きな衝撃があった当時の記憶があるはずの大事件。以降は、膨大な犯行形跡が残されていたにもかかわらず未解決のままである奇妙さが先行している。
 本来ならば、このような社会の安定に脅威をもたらす件に対してこそ報道の力を行使する必要があるはずだが、おそらく意図的に避けている。隠しているのかも知れないから恐ろしい。
 

8/1 23:10時点

                             8/2 0:55時点

               8/2 23:55時点

絶対、絶対にポジションを追加したり反対売買を入れたりしないと強くこころに決めて10日間耐えていたが遂に誘い出された。そして失敗。
日本時間で8月2日に日付けが変わった辺りから、左肩が直角の三角保ち合いの形が出現しているように見えてしまった深夜1時前、このあと教科書通りに大きく上に放たれたら強制ロスカットまであるのでは・・・との疑念に勝てず、高値掴みとなった。
直後から流れが変わり、何度も損切りを入れ直すもその都度にかわされ、そのうち追いつかなくなって股割れ。
           8/3 23:53時点

ペロシ下院議長の台湾電撃訪問などと報じられるので、一体どうなるのかと身構えても特に何も起こらず、米利上げ継続の発言が相次いでも下げることはない。強い。
またまた訳の分からん隙間に落ちて身動きがとれなくなってしまったようだ。
ここに至る道中も細かい売買はあったど、どの道このポジションが解消されないことには意味がない。損益のまとめはもう少し様子を見てからにするつもり。