墓場の裏から視ていた

孤島に屍骸、それの横に落ちていた日記。株の事とかを記録してある。

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12/3(夜)~12/4(日) ミニTOPIX 残り 買い0枚 売り1枚
松井証券先物OP

昨夜はNYダウ先物が急上昇する局面でも、日経先物は逆らう時間帯があった。珍しいことだけど最近何回か見かける。
NY先物の動きを見て、慌て気味にミニTOPIXの買いを入れた自分は逆を突かれた。次の局面が訪れるまでの待機時間が長くなったが大事にはならず。
チャート上にテクニカル指標としてVWAPを載せているが、これの上下を何回も跨ぎながら推移する時間帯を、自分は勝手に通常時と呼んでいる。この通常時であれば失敗してもなんとかなる気がして緩く入ってしまう。今回もなんとかなったから良かったけど。
あっと言う間に来週が期限。結局ずっと売り1枚が残ったまま最後までということになりそう。コロナのニュースを聞かされていたら騰がるとは思えなかったけど高止まり。
やっぱり長く持つものではない。長期で大きく取ったら一端の投資家気分になれるかも知れないけど甘くない。無事に来年も機会を貰えれば、世界中の投資活動している者の中で最貧弱であることを自覚し、二度と生意気なことはせずにゴミ拾いに徹さないと。

金(限日)でまたも痛恨。NYダウの上昇局面で仕切りの大チャンスも1円差で引き返されてしまう。何で100円だけ欲張ったのかなぁ。

 神奈川県警の巡査長が性的暴行で書類証券も氏名は公表せず、とだけのニュースを朝方見たはずだけど、確認しようとしても何処かへ消えた。
 少し前も福井県警で同じような事があって、影響を考慮して氏名は非公表という理論が平気で通っていたが、別に公表しないならしないで構わない。しかし持ちつ持たれつなのか、微罪でも一般人なら名前も顔も公表するマスコミの嘘建前、正義の追求のさじ加減こそが気持ち悪い。香港の活動家の実刑ニュースに、日本だっていつでもあのような環境に陥いる土台は整っていると他人事ではない。その気になれば簡単な誘導で可能だろう。大袈裟ではなく。

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12/2(夜)~12/3(日) ミニTOPIX 残り 買い0枚 売り1枚
松井証券先物OP余力情報より

はっきり言って簡単な1日だったと思う。ダラダラと一方向を続けるのではなく、程よくウロウロ。それでも買い1枚分で細かく、安全に安全を重ねて売買していたのでこれくらい。日中12時あたりで早めに撤収。売りも使えて複数枚建てられたのであれば、4万円以上は獲れていた展開だろうけど、それも罠へ誘い込まれる入口になり得るし良しとしておく。

それより大阪金(限日)が痛い。夜間セッションはさっそく願った動き、金の上昇チャートを見て喜んで日産証券にログイン。しかし調整時を狙って売りで入ろうとしたのに既に約定済み。前日の売買後、もう1回転を欲張ってその辺の値を指していたものが、注文の期限を外して残っていたみたいですっかり忘れていた。取引回数が頻繁でないからしょうもないミス。
その後の値動きによると、思惑通りであれば得られた利益を逸したばかりでなく、その後の戻りにより、随分と下の方で売りの1枚が取り残される困った結果に。ため息。期限がないことだけが救い。

次にタブレット類を買う時は、こんな自分でもiPadなるものを手にしてみようかと考えていたのに、この氷一枚の資金でやり繰りしているややこしい折、調子の悪かったKindleFireの余命が幾ばくもないまでに。電源が落ちない・充電もままならない状態でやむを得ない。アマゾンのセール終了まで2時間を切ったところで決断。色違いを選択する抵抗だけを見せてもう一度HD10を購入。1万円。今はここに3万円、4万円を上積みする余裕などはない。
現在の子供は、税金で最初から当たり前に何でも与えられているから知る由もないだろうが、世の中では日々、格差は拡がり縮まらない。

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12/1(夜)~12/2(日) ミニTOPIX 残り 買い1枚 売り1枚
松井証券先物OP余力情報より

 日中引け間際に引っ掛かった買い1枚は、夕方早々に処分済み。
買い片側1枚分の証拠金余力では、昨日の眠り打ちのような秘技が発動しない限りはこんなもの。安全第一でコツコツ重ねるしかない。怖くて大胆な値幅は到底無理。
それにしても、このまま来週の期限まで高値止まりを続けるつもりか?実態が有るのか無いのか、世間の思惑は不明。

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12/1(夜)~12/2(日) 大阪金(限日) 残り 買い1枚 売り0枚
日産証券売買履歴より

6169円⇒6150円
金はずっと下げっぱなし。大きめの値幅で狙っていたので処分できるタイミングを2度逃した買いの1枚が巻き込まれ中。もう来年に向けての準備のために大損切りして捨てようかと考えつつ、ロスカットを避けるための入金をちまちまと続けていたが、とりあえず一旦は底を打った気配。この先は不明も、値動きが落ち着いたところなので少しだけ抵抗してみようと売りの注文。リスクもあったが無事の仕切り。深追いはせず。
大きめの戻りがあればもう一度売りで入るつもり。

 

 人生初の入院は人生初の退院でもある。いい機会だったので生活拠点やスタイルを変えた。それから丁度1年。これは重たい事実。
 右手の傷跡はたまにジンジンと痛痒くなるが問題ない回復。それなのに人生そのものは致命傷に至る深手。資金を失い、機会を逃し、時間=人生が絶望的に後退した。この1年の間に消え、また一足先に消え逝くたくさんの後ろに並ばされていることは、はっきりと確認した。
 あぁ、恐ろしい。全く前に進めないどころか敗走のみ。他の人より早く終わりが近づいて来ていて恐ろしい。

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11/30(夜)~12/1(日) ミニTOPIX 残り 買い0枚 売り1枚
松井証券先物OP余力情報より

調子の悪いキンドルファイア、いつも夜間は寝転がりながら抱えてチャートを見ているけど、寝落ちしたらしい。目が覚めたら2メートル近く先の床上に転がり落ちていた。若干飛んだか?口座を確認すると全く記憶のない約定がなされていた。どうやら知らぬ間に眠り打ちが発動していたようだ。この眠り打ちは以前にも一度だけあったがその時と同様、何かよく理解できないけど利益(損失も)が計上されていた。トータルでまぁ良しとする。
しかし普通の意識下では絶対に有り得ない強者の買い方に切り方。謎。

 




 

 

あぁ。あれから1年③

 丁度1年前の今頃、右手の怪我で入院していたその原因が、問診で答えた「カッターを使っていて~」というのは嘘だったけど、本当のところは何なのか、これをどう説明すればよいのか、理解を得られるものなのかが不明。当時も何も好んで嘘を答えたのではなく、慌しい大病院の空気を読んで時短に協力したつもり。
 ただ、退院した後の通院時、先生がパソコンに向かって事細かにカタカタと経緯・経過を記録しているのを見て、やっぱり原因のところを訂正した方がいいかな・・・と思った時も、現在みたいにゆっくり書き残せる時間がある時も、『ペットボトルのトマトジュースを飲んでいた時に~』から、どう続ければよいのか分からず止まってしまう。やっぱり難しい。特にトマトジュースである必要性の部分が伝わる気がしない。
 しかし、こうやって節目に過去を振り返ることも大事なんだなと気付かされる。忘れていた教訓を思い出した。右手の傷も最初は小さな点のようなもので、外にも出るし手も洗う。風呂にも入ったし痛くもない。血も出ない。どこかの段階で僅かな一穴、2日後に赤く腫れ始めたが、それでも別に大丈夫だろうと気に留めなかった。実際普通に生活を続けていた。
 何かの拍子がなければ何の別状もなく忘れるだけの小さな傷、何気ない行為が、50回に1回か100回に1回、あるいは一生に1回の何かの拍子で悪い方向へどんどんと拡がり、やがて取り返し不可の大きな災いにまで膨らむこともある。株や他の投資や人生にも通じるハナシだと痛感していたはずだったのに、小さな含み損の折に何かの拍子。コロナ相場開始からの酷い毎日でカネを失い、時間も来た。
 ついに脱出は間に合わなかった。

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11/27(夜)・11/30(日) ミニTOPIX 残り 買い0枚 売り1枚

くりっく株365は再度休止せざるを得ない。せっかく補助口座として有用性を見出しかけたのに残念。
要は圧倒的に資金不足で急な動きに対応できない。普通であればよく動いてくれて助かったで済む程度でも危険。やはり突発的に訪れたワクチン開発ニュースが痛すぎた。大きく、しかも2回削られてしまった。
このまま証拠金ギリギリで挽回を目指しても、同じ勉強が繰り返されるだけ。そして後ろはもう断崖。
加減は理解したから仕切り直しの来年に戻って来る。生きていたらの仮定で。
くりっく株口座に残された僅かな残高は金(限日)口座の救出へと振り分ける。大統領選明けからゴールドの暴落が酷く、1枚分が巻き込まれている。
世界最弱の投資活動も、もはや風前の灯。

あぁ。あれから1年②

 血液採取・MRI・レントゲンと、大病院のシステマティックな事前検査の流れに身をまかせ、朝イチから4時間、5時間。ようやく若く有能感丸出しの先生の診察室に入った頃には、鼻を近づける必要もなく右手からの異臭を感じるようになっていた。近くの医院で昨晩巻いてもらっていた包帯とガーゼが解かれると、真っ赤に膨れた掌のくずれた穴から、イモムシみたいに膿が這い出た。想像以上に酷くなっていた。
 1年前もブログに残しておこうとしたけど、やっぱり白状していなかった部分を振り返る。
 ひっきりなしの人の多さに長い待ち時間、総合病院の慌しさ。当日だけでなく1週間分の疲れ。恥ずかしさもある。患部を診せた時に《よくもまぁ、こんなになるまで放っておいたものだな》という、先生と横の看護士との間に一瞬流れた呆れた空気は見逃さなかった。病気も怪我もなく無駄にここまで生きた自分としては慣れもなく、後ろの順番の人にも忙しい先生にも迷惑をかけてはいけないとの思いもあって、畳み掛けられる問診のテンポを崩さないよう、咄嗟に「カッターを使っていて、ちょっと失敗して・・・」と濁した。先生は訝しい表情を浮かべたので気付いていたのだろう、利き腕側の掌、しかも複数、カッターを持っていてこのような傷が入ることは絶対にない。嘘だ。しかし総合病院の気鋭の形成外科医としては、診察室の回転率を優先してくれたようで追求は逃れた。
 あの問診は今でも冷や汗、よく切り抜けたと思う。ただ、これでちゃんとした薬を処方してもらえるだろうから助かるなと安堵した直後、「傷口を洗い出しながらになるから麻酔は効きません」との宣告と同時に、掌をメスでザクザクとえぐられる想定外の荒療を受けたうえ入院の運び。別棟に回され、何の準備もしていなかったのに帰宅することは許されなかった。
 とにかくこの時の処置が人生で一番痛かったのは間違いないけど、どんな痛さだったかを思い出そうとすれば、やっぱり脳がシャットダウンする。そんな痛さから39度を超える発熱もあった病室。あれから1年か・・・。

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あぁ。あれから1年①

 本当に、本当に時の流れが加速している。その一因は自分が全く成長できず、ズルズルと死の淵に引き摺られなが近づいているからか。
 もう1年が経つのかと信じられずに驚く。去年の今頃は右手に悪い菌が入り、人生初の入院生活に落ち込んでいた。保険を使ってもタダという訳にはいかない、確か14万か15万かの想定外の出費があってイタいイタいと言っていた。取り返すため、本格的に先物にのめり込むきっかけとなった。
 本当にあれから1年が過ぎた。1年間ずっともがき続けたら、脱出どころか身動きが取れない状態にまでなっているとは情けない。
 やっぱり、しっかりと区切りを入れるタイミングかもしれない。
 
 そうそう、眠れもしない激痛だった。人生で一番の痛さだったけど、その感覚を思い出そうとすると脳がセーフティモードに切り替わって遮断される。抵抗の後、観念して病院に向かう時、外に出たら視界がすごくキラキラしていたのは覚えている。本来はくすんでいるはずのいつもの町並みを「はえ~!」と見渡し、あまりの激痛に、脳内でなんらかの麻薬物質のようなものが分泌されているのではないかと結論づけた。
 一番近くの病院で先生に手を診せると「あっ、これは・・・」と3秒。紹介状を貰って大きな病院に向かうことになったが異論の余地はなかった。「このままだと切断ということも有り得るので」という言葉が、脅しではないと素人でも察することができたからだ。右手首の内側真ん中から伸びた赤い線が、真っ直ぐに肘まで届きそうなほど勢いを増していたのが不気味だった。