墓場の裏から視ていた

孤島に屍骸、それの横に落ちていた日記。株の事とかを記録してある。

 「あー!もぅいいわ!」コンビニで後ろに並んだおっさんが、バンッ!とカレーパン2個をレジ横に叩きつけ、ふてくされて出て行った。前で小銭を出すお婆さんと外国人店員の対応にまどろっこしさを覚えてしまったのだろうが、ほんの10秒すらもロスしたかどうか・・・憐れだと思った。
 株関連をカチカチやっていなければ知らなかったが、2次的銘柄も含めるとキャッシュレス関連株なんてモノはズラズラあるようだ。つまり大事な人には大事な株価という評価を形成しているし、自分も長い間現金での買い物をしていないが交通系のカードは本当に便利だと思う。
 とにかく、必要なイノベーションであるのは間違いないが、所詮人為的思惑の誘導経済の一端。そのキャンペーンはネットでもテレビでも同じ台本でよく目にする。
 この1・2年、生活圏四方で一気に人が消えて更地に青空が広がった。年老いていたのは事実だろうが、普通に生きていた日常気配だったのに何に喰われたのか・・・。経済効果の皮算用に、個人の商店街を潰してその後の再開発というサイクルまで勘定されているんじゃないかと疑う。何十年も頑張った人生の終着前に、安らぎも保障されていなかった事実を見せられ恐怖を感じて気分が悪くなる。人が人に追い立てられている世の中はしんどい。
 が、この件で言っても、関連天下り先の利益確保と保身で幸せになれる身分でもないであろうに、現金は古い、新しいのは正義で古いのは馬鹿であるとの印象をキャンペーンで刷り込まれ、ケツに隠れて安心し、石を投げても怒られないと油断している弱い層がネット上だけではなく実際に増殖している・・・それを垣間見たという事か。ガス抜きと目先を逸らす為の的を用意して貰っているだけで安心しても、そのうち自分も何かで的に貼り付けられる危険がある事に気付かないのか。どうせ資産として実利を手にする事の無い立場の人間が、世の中のキャンペーンに煽られて10秒でイラつかされる体質になっては不幸なだけだ。
 支払いを終えて外に出るとバス停にさっきのおっさん。結局バスを待って並んでいる。リュックの後姿を見ながら色々と思う。《同じ年位か、子供の頃はもっと人が多くてレジなんて待つものじゃなかったか・・・東京じゃあるまいし・・・時間期待値1000円の仕事に向かうのか・・・最低時給アップのニュースとか気にするのかな・・・その後しっかり徴収されるし関係ないよな・・・その汗の染みたリュックに食べ物は入っているのか・・・》
 《ああいう人は捌け口を用意して貰っているから自分が底辺だと気付いていないのか、気付きたくないのか・・・》戻って先物225チャートを開く・・・自分なんかは一発勝負の覚悟だけは決まっているつもりなんだけど、今日こそが朝一で買いを入れておくべき日だったかとため息。

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8/8(信用買い・売り・計)

(6800)ヨコオが厳しい。2日で500円は怖い動き。仕方なく(2874)横浜冷凍を300株買い戻しておく。決算でどう動くか判断出来ないし、もう長く持ち過ぎたし妥協。少し安い(9308)乾汽船200株に乗り換えて余力を開けておく。