墓場の裏から視ていた

孤島に屍骸、それの横に落ちていた日記。株の事とかを記録してある。

   

 冬型の天候もそろそろ終わりか。そして逝く途中の枝に引っ掛かったままで長患いとなった父もいよいよか。
 その父親も生まれ育った街の中心、地域の要衝である交差点周りも遂に再開発着工。街角に映すことのできた行き交う昭和の残照も、祖父母らの面影と共に消えてしまう春になる。

 酷く憂鬱だ。

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そして一歩も動けず、完全に足が止まった。
1ドル147円を割り込む下げに一度は耐えたけど、先週二度目の突入時に疑心をおさえきれず。1ヶ月半の間、どうにか片側買い建玉の持ち越しだけで歩いていたのに踏み外した。
そして売り方向に誘い出された直後に反転急騰。逆を突かれる毎度の負けパターンで股裂き状態だが、これがガッチリ関節技として決まって抜け出せていない。

余力がなくなったところで少しでも抵抗しておこうと足掻けば、おちょくられるだけで逆にジリ貧の結果。1ドル149円台という、こちらの都合からして最もやっかいな中間ラインでウロウロされる時間帯が長くなり厳しい。

FRB政策金利前。もう放置しかできない。

 

今回の災難は売り建玉が取り残されたあと、一度戻って来た瞬間があった。
深夜の時間帯に手元でドル円の値動きを追いかけていた。
こちらの売り建玉平均単価が1ドル147.044円になっており、それを147.020円で返済予約の注文を入れて待っていたが、ドル円はこの時に落ちてきて147.27円までタッチ。だからほぼ同値の撤収をプラス圏側で済ますことのできる瞬間もあったうえでの悪戦苦闘への突入で悔しい。
147.30でも147.40の瞬間にでも一括返済をするべきだったが、そのまま146円台に再び落ちていくことも考え、一部を残すべきかと躊躇している間に容赦のない逃げ。しかし成行返済をタッチする機会は多少ながらも与えられていた。
「あの時だったか......」と、人生の縮図として後悔の記憶とも重ねさせられるからしんどい。