墓場の裏から視ていた

孤島に屍骸、それの横に落ちていた日記。株の事とかを記録してある。

 ドラッグストアで買い物をして持参したレジ袋をぶら下げ戻る途中、短い橋をぷらぷらと渡ったところで上の方から歩いてきた若い男女と道が合流。自分が少し前を行くかたちとなった。後ろで歩きながら何か熱心に話しをしている。そこへ前から楽しそうなお婆さんと小さい女の子の二人。すれ違いざまに孫との楽しそうな会話と見受けた。
 「ん?」となるのは前も後ろも耳に聞こえるのは中国語だから。ほとんど家に近づいたその直線上の5人のうち、おそらくは自分だけが日本人だった。それがどうしたと歯向かわれそうな良くない言い方かもしれないが。ちなみにドラッグストアの菓子売場で、子供が母親にねだるようなやり取りの横に居合わせたが中国語。そこに生活感が見えるから関心が向く。
 いくつもの新築戸建ての表札からしても、子供の頃から今までこんなことはなかった。近所の市場が潰され、地方中堅のマンションが建設中の交差点で信号待ちの間、ぼんやりその目先の景気を眺めていて「ん!?」と思わず横を確認してしまうのも、隣に並んだ普通の若い男達が中国語で会話を始めるからだ。
 見分けがつかず街に馴染んでいるのは素晴らしく結構だが、周辺の小学校・中学校は全潰しの人口減少地域での反比例は何なのか。本当にこの1・2年、そしてコロナ後だ。絶対に多くなっている。
 もちろん、個人・ひとりの人間そのものには何の意見もない。ましてや対立心をまんまと持たされるような幼稚な感情などはない。ただ、どういう行政のシステムに由来してここで生活をしているのかが、その意図・目的も含めてさっぱり理解できない。そのため、エセ保守と阿漕なリベラルからなる現在の支配者層に、何らかの企みを隠されているのではないかという疑念を持ってしまう。妙な不安感と邪推はそっちの方面に対して。
 今は生まれ育った街の様子が何か違ってきたという事実の観察を記録しているだけだが、ただの不勉強で済むのならそれでよい。

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10/23(夜)・10/26(日) ミニTOPIX 買い46枚 売り38枚

近い将来のこの街がどのような姿になるかにかかわらず、脱出できる道を何とか見つけ出しておかなければというテーマは変わらず。ずっと足掻いてはいるけど、また何か悪い気配。月曜週明けも先週からの流れが続く。
やっぱりこのまま大統領選まで身動きとれずの低調推移で間違いない。鈍臭かっなぁ。くりっく株365は今日から新制度が始まる。早い準備でそっちに資金を移しておくべきだった。